番外

引伸機 断捨離




                  



2019,7,** 記事作成


(参考になりません)
              
 未練がましくいつまでとっておいてもしょうがないので、廃棄する事にした.
 物は引伸機.藤本写真工業(現在はケンコー、トキナー)製のLUCKY -90M で、購入したのは1967年頃になるから、実に52年にもなる.価格は\30,000 を少し切る位だったと思う.私の当時の月給は 手取り\23,000 位だったから、かなり思い切った買い物ではあった.先輩が使っていた富士の物が欲しかったが少し高かった.

 18歳で千葉にある会社に就職し、変電所勤務でそこにいた先輩がカメラ好き.自然に感化されて写真を撮る様になった.写真を撮るという事はカメラを手に入れると言う事で、先輩が持っているのと同じ PENTAX SP (50mmf1.4) 三脚(安い物)やフイルターを同時に買ったので \60,000 位かかったと記憶している.ま、当然分割払い(10ヶ月) だったけど.頭金とかいうものがあるから、初回は結構払い給料は何処へ行ったの、、状態.ま、住んでいる所は会社敷地内の社員寮だったから、出掛けなければ食べるには困らない.(←食券購入は概ね先払い.ただ、休日の朝と昼は確か食堂が休みだったから、その時は前日の晩飯の後、給食のオバさんに頼んでおにぎりを作ってもらっていた.) 


 





 本体は殆ど金属製.測光機能とかはないので、ランプハウスの電球をただ入り切りするだけのシンプルな物.紙の大きさは台板上で半切.全紙以上を焼き付けるには支柱を180度回して、本体を台の上、机の上などに置いて行う (全紙は一度だけやった) 

 最後に使ったのは多分20年前位だったと思う.暗室などない家だから、外が暗い夜に一室をカーテンで覆いまくり、畳上にはビニールシートを敷いてバットを置いた.薬品の処理や仕事が多忙になり自家現像はしなくなってしまったのと、印画紙とかも手に入りづらくなり、面倒臭くなってしまった・・・というのが本音.
 
 長く使っていると (使わなくても保存が悪いと・・・) あちこち傷んだり、どこか狂ったりしてくる.通常、机の上に置いてフットスイッチでオンオフするのだろうけど、その様なスペースに余裕などないから、畳の上にデンッと据え手で入り切りをした.だからなのかフットスイッチはどっかへいってしまい (白い電線コードの端っこの) 中間スイッチで入り切りした.ただ、中間スイッチだと手での覆い焼き作業にちょっと不便だったが、大したものを現像焼き付けしてた訳ではないから、何の問題もなかったけど.

 電線類は劣化し絶縁被服が剥がれ使えない.ただ、構造が誠にシンプルなので簡単に取り替える事が出来る.電源線は下(切れている)から角形支柱の中に入って丸いスプリング収納箱の下から外に出てランプハウスに供給してるだけ.

 画像では綺麗に見えるのだけど、あちこちに錆が浮き出ている.狭い家の中に場所も取っているから分解して廃棄した.
 














左上:引伸機正面の銘板
中:同、左側面 何故か日本語では表記されてない
左下:ランプハウスの中 電球は150W 切れてなかった

上:引伸用レンズと暗室電球(親子式)
下:引伸用タイマー
 
今では明るい所で画像を見ながらスキャン 光が入るだの、振動があってだの 心配がない
印刷だって綺麗に出来る.修正も簡単だ.フイルムも選ぶ必要はないし、始めからモノクロで撮るぞ、、なんて考えなくてもいい.
撮った後でモノクロで調整してみるか・・で、済むのかも知れない.
下の画像はGTX−830でSCAN 画像処理ソフトで若干修正したもの




昭和42年 富津海岸(フイルムは傷だらけ) 友人Aと千葉市内から自転車で
Pentax SP Kodak Tri-X




昭和43年 千葉市文化会館(だったと思う) クロードチアリさん
Pentax SP Kodak Tri-X




夜霧の忍び会い≠ヘ、今でも好きな曲です 三脚もフラッシュも(持ち込み)駄目な為、望遠手持ちでブレブレ
Pentax SP Kodak Tri-X




平成2年 栃木の雷は凄かった Nikon F3  NEOPAN SS




姪の子供達 M645 NEOPAN SS
 

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